現象学とエポケーで生きる意味を考察【木坂さんの西洋思想史4・5】

木坂さんの西洋思想史マスタークラスの4、5回目になります。

第5回目は実践編と言うことでワークが多いので、4回目と合わせて記事にします。ちなみに両方とも現象学をメインに扱ってます。

ちなみに前回の記事は「木坂さん西洋思想史3」になります。

生きるとはなにか?

電通での過労死を受けて、「もう生きられない、と心から思ったら死ぬしかない?」と言うワークからスタートします。

歴史学+地政学の方でも解説がありましたが、ボンヤリ考えると答もぼやけてきます。

そこでデカルトの4つの考え方を解説したあと、善悪・認識・存在の3つに分けて考えていく指針を示してくれます。

善悪・認識・存在について考えると言うのは、第一回の水掛け論の話でもでてきましたが、0から考えるのに比べると、こういう枠組みがあった考えやすいな~と感じます。

現象学とエポケー

そのあと現象学の専門用語である現象学的還元、志向性、エポケーについての解説があります。

その中でもエポケーについて力を入れて解説をしており、専門用語を使わずに解説すると、自分の感想を集めたものがエポケーになります。

 

例えば我々が青汁をみたら、「これは青汁」となりますが、現象学でいうと違ういいかたになります。

みどり色で、苦くて、少しドロドロしてる。みたいな風に感想の集合体がエポケーになります。

正確には違うらしいのですが、哲学の専門用語を使わず分りやすく解説すると、このような感じになるそうです。

 

木坂さんは哲学を専攻してる人が聞いたら怒るだろうけど、分かりやすく伝えようとすると…と言ってました。

私自身、哲学のテストで100点を取るために勉強してるわけじゃなく、西洋思想史マスタークラスを受けて、その知識を実生活に生かしたいので、こちらの方が助かると言うのが本音です。

言葉の再定義

現象学は主観的に、「自分にとってどうなのか? 」について考える。

「生きる」ということを例に出すと、脳死でも生きてると考える人もいれば、死んでると考える人もいます。

人によっては自分の好きなことができない状態は、生きてることにならないかもしれません。

第4回目の冒頭のワークで「もう生きられない、と心から思ったら死ぬしかないのか?」という質問がありましたが、ココでいう生きるの定義が人によって違うことになります。

 

よく和佐木坂ラジオで、「成功」の定義は人によって違うと言ってます。

高級車に乗って、一時のネオヒルズ族みたいに高層マンションに住んで、毎晩パーティーをする。バブリーな生活を成功と考える人もいるでしょう。

逆にわたしは車、女、地位などには興味がないので、豪遊したい人とは成功の定義が変わってきます。

成功に限らず、どんな言葉でも他人の考え、世間の常識じゃなくって、自分で考えて言葉を再定義しようぜってメッセージに聞こえました。

5回目はワーク中心

第五回目は実践編と言うことでワークが多かったので割愛しますが、人によって見える世界が違い、抽象化の方法が違うので、意見の食い違いを減らすには、お互いの前提条件を共有する必要があるという話が印象的でした。

例えば、「卵料理は構造上むずかしいけど、カニ料理は構造上かんたんだ」ということについて考えるワークがありました。

ふつうに考えると卵料理の方がカンタンですが、木坂さんの知人は上のようにカニ料理の方がカンタンと言ったそうです。

アレコレ考えて意見を出し合った結果、その知人は子供の頃からカニ料理をたくさん作ってた、でも卵料理は作ったことがないから難しいという答えでした。

 

トラック運転士の人は「普通自動車よりトラックの方が運転が簡単」と言います。

我々から考えたらトラックの方が難しいのですが、ずっと仕事でやってると慣れてくるし、座席の位置も高いから見通しがきくから運転しやすいようです。

このように人によって感じ方、見える世界が違うので、日常生活でも食い違いによるケンカが起きるわけです。

 

なので自分の世界を絶対化せず、相対化していく。自分の意見が正しいと思わず、相手の話も聞いてみる。

ネットワーク化セミナーでも言ってましたが、意識しないと人間は自分が正しいと思いがちなので注意が必要です。

無料メール講座

stockfoto_14612875_S

合わせて読みたい記事

かずぱんへのご質問・ご相談はこちら

teage2

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ